著者・あらすじ
坂本光司
法政大学大学院政策創造研究科教授。人を大切にする経営学会会長。1947年静岡県出身。1970年法政大学経営学部卒業。静岡文化芸術大学文化政策学部・同大学院教授等を経て現職。他に、日本でいちばん大切にしたい会社大賞審査委員長等、公務多数。
あらすじ
人を大切にする経営学会会長が、「経営」に不可欠とされる概念をまとめます。「企業とは何か」「人を大切にする経営とは?」「経営者の仕事」など、どんな時代でも生き残る経営論をお届けします。
1. 企業とは「社会全体のもの」
本書は「経営学」についてまとめたものですが、まずは経営の大前提となる「企業」について知る必要があります。それが「企業は誰のものなのか?」ということです。一般的な答えとしては、「株主や出資者のもの」「経営者のもの」または「経営者や社員のもの」です。しかし、著者は「社員や取引先、顧客、さらには地域住民を含む、その企業に関わるすべての人々のもの」と述べています。これは「社会皆のもの」という考え方であり、この考え方でなければ、企業は存続することができないといいます。
その理由は、株主や出資者、経営者、社員、顧客、取引先、仕入先の誰かひとりでも欠けてしまったら、企業活動は一日も成り立たないのです。さらに言えば、道路や橋などの公共交通網、水道やガスなどのインフラ、電気やエネルギー、警察や消防、病院に至るまで、実にさまざまな支援を受けて存続しています。したがって、企業は「誰かひとりの力」ではなく、「社会全般」の支援を受けることで、事業活動を行っていることがわかるのです。
しかし多くの企業は、この大事なことを理解していません。業績が落ちれば社員をリストラしたり、仕入先や協力企業にコストダウンを求めたり、理不尽な取引を強要したりします。また、経営者が個人で食事した領収書を会社名にしたり、身内優先の人事をしたりするのは、誰もが目にする光景です。このような公私混同経営を行い、基本原則を忘れてしまった結果、企業は潰れてしまうのです。まずは、「企業は誰ものものなのか」を明確にすることが優先されるのです。
2. 「人を大切にする経営」とは「五方良しの経営」
本書のタイトルでもある「人を大切にする経営学」。これは一体、どんな経営を指すのでしょうか?著者曰く「人間本位の経営学、あるいは人間を経営の中軸に捉えた経営学」と述べます。これは業績や効率、ライバル企業との競争を中軸に捉えるのではなく、企業に関わる人すべてを最優先する経営のことです。一般的な経営は「ヒト」を、業績や効率を高めるための手段や資源として見ます。しかし著者の考えは、「人」を幸せにすることを目的として、モノやカネ、技術といった資源があるという考え方です。つまり企業は、「人を幸せにする」といったことを追求・実現していかなければなりません。
では具体的に「誰」を幸せにするのでしょうか?著者があげるのは、次の5人です。1人目は「社員とその家族」。これまでは「株主第一主義」「顧客第一主義」と考えられていましたが、著者は「社員第一主義」を唱えます。2人目は「社外社員とその家族」。社員だけでなく、その家族も同様、大切にすべきといったものです。社員の家族も企業の仲間、メンバーとして位置づけます。3人目は「現在顧客と未来顧客」。仕入先や協力企業を「コスト・原材料」と見るのではなく、「パートナー」と位置づけます。
4人目は「地域住民・とりわけ障がい者高齢者など社会的弱者」。社会貢献活動はもとより、障がい者や高齢者の雇用責任、幸せ責任も考えます。5人目は「出資者並びに関係機関」です。株主や出資者がいなければ企業そのものが存在しません。これら5人を幸せにする「五方良しの経営」は、経営学の原理原則であり、企業はその役割を果たすことをミッションとしているのです。
3. 経営者には「5つの仕事」がある
人を幸せにすることを目的とした「人を大切にする経営」。では、経営を大きく左右する重要なポスト「経営者」は、どんな考え方でいればいいのでしょうか?著者曰く「経営者は、その企業の最高経営責任者にふさわしい人格、識見、能力をもった優れた人物であらねばならない」と述べます。これは日々、誰よりも苦労、努力し、権威や権限ではなく、自らの背中と心で、公正・適格なリーダーシップを発揮しなければならないといったものです。
現代は「企業間の格差」が拡大傾向にあります。業種別格差や技術的格差はあるものの、その多くは「経営者格差」にあります。経営者に値しない人を経営者にしてしまえば、当然、会社は傾くでしょう。では会社を傾けないために、経営者はどんな仕事を行えばいいのか?著者の定義する経営者の仕事は次の5つです。
第1の仕事は「方向の明示」です。企業がこれから向かうべき方向、道を全社員に明示します。方向性がわからなければ、大海を漂うだけになるからです。第2の仕事は「決断」です。第1の仕事である「方向の明示」において、何をやり、何をやらないのかを決めることです。方向のための「決断」ができなければ、企業は間違った方向に進んでしまうでしょう。第3の仕事は「社員のモチベーションアップ」です。全社員の帰属意識や愛社精神が強ければ、価値のある仕事に心から取り組んでもらえます。その結果は業績として現れるのは、言うまでもありません。
第4の仕事は、「経営者こそが最も働くこと」です。経営者自ら価値のある仕事、リスクのある仕事に率先して行えば、社員はその背中を追いながら仕事をします。第5の仕事は「後継者を発掘し、育てること」です。後継者以外の育成は、部長や課長に任せ、経営者は後継者を育てることに専念します。経営者は教えることで「自らが教わっていく」といった恩恵を受けられます。これら5つの仕事をこなすことで、「人を大切にする経営者」が生まれるのです。
まとめ
『人を大切にする経営学講義』をご紹介しました。著者は冒頭にて「どんな行動にも『目的』『手段』そして『結果』の3つがあるが、最も大切なことは手段でも結果でもなく、「目的」と述べています。よく「ビジネスは結果がすべて」と言われます。しかし結果を優先するあまり、大事なことを忘れてしまい、手遅れになる企業は後を絶ちません。「人」を中心に捉えることが、何より大事だったのです。